説教節の世界

 「生まれない前のわたし」に会いたいというのは目のあることの恥、つまり存在の原罪感を知らぬ自分に帰りたいということでしょうか。
 それとも、そういう原罪感の源にさかのぼりたいということなのでしょうか。
 そこのところは作者に聞いてみなければわかりませんが、人間であることが嵳かしいというこの原罪感は、ものたちすべてが生命の祭りにさんざめいているよろこびの世界の底にはりつめられたかなしみとして、石牟礼道子の文学宇宙の最深の音色を表しているのです。
 浜辺で様々なものたちの気配をひきつれて舞っているぽんぽんしゃら殿の歌う唄に耳を止めてください。
 彼女は「人のゆくのは かなしやな/鳥のゆくのは かなしやな/雲の茜の かなしやな」と歌っているのです。

渡辺京二 「もうひとつのこの世 石牟礼道子の宇宙」


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