「数学する人生 岡潔」より
聞くままにまた心なき見にしあらば己なりけり軒の玉水
これは、一体何をいおうとしているか。
自分を忘れて雨音に聞入っていた。そうすると、自分というものがないから、意識を通してはなにもわからない。しかし、そんなふうにしていると、ふとわれに返ったとき、あっ、いまのさき、ついいままで、自分は雨だれだったと気づく。そういう意味です。
自分がそのものになる。なりきっているときは、わからない。が、われき返った瞬間に、自分がいままでなりきっていたそのものがよくわかる。これが一般論です。
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