自分は雨だれだった

「数学する人生 岡潔」より

聞くままにまた心なき見にしあらば己なりけり軒の玉水

これは、一体何をいおうとしているか。
自分を忘れて雨音に聞入っていた。そうすると、自分というものがないから、意識を通してはなにもわからない。しかし、そんなふうにしていると、ふとわれに返ったとき、あっ、いまのさき、ついいままで、自分は雨だれだったと気づく。そういう意味です。
自分がそのものになる。なりきっているときは、わからない。が、われき返った瞬間に、自分がいままでなりきっていたそのものがよくわかる。これが一般論です。



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著者岡潔(著) 森田真生(編)出版社新潮社発行年月2016年02月ISBN9784103398912


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