アルゼンチンの歌

南米アルゼンチンが22日の最終期限になっても国債の利払いをせず、デフォルト(債務不履行)の状態に陥ったことが分かりました。2014年以来、9回目のデフォルトです。低迷が続いていた経済に新型コロナウイルスが追い打ちをかけました。------コロナは5月下旬~6月上旬が山場だそうでう。
アルゼンチンといえば、メルセデス・ソーサです。

人生よありがとう(ジョンバエズとデュエット)
1935年アルゼンチン北部トゥクマン州に生まれる。幼い頃から民謡を好んで歌い、15歳でラジオ局主催のコンテストに優勝。30歳の頃アルゼンチン・フォルクローレ界の大イベント<ユスキン民謡祭>に出演し注目され、ブエノスアイレスに招かれて活動するようになる。68年に初のヨーロッパ公演を行ない「エディット・ピアフ以来の感動的な民衆歌手」と絶賛される。数々のアルバムをリリース、名実共にラテン・アメリカを代表する存在となり、アルゼンチンはもちろん、すべての中南米諸国、ヨーロッパ、アジアでも高い人気を誇った。万人の胸に響く親しみやすい歌声、軍事政権下のアルゼンチンで政府の抑圧を恐れず民衆の気持ちを歌う志の高さと気品で、「百年に一人の声」「南米民衆の心の代弁者」と呼ばれる。

すべては変る
しかし、年をとり、どんどん太って亡くなりました。この深い森の奥の大地の底から聞えるような歌い方は、誰もまねができないでしょう。
彼女のことを「泣きじゃくる子どもを抱擁し、安らかな眠りにつける世界の母親のようだ」と表現した音楽評論家もいるみたいですが、これはすごく的を得た表現だと思います。

神に尋ねるだけ
【2009年10月6日】西日本新聞(共同通信)・朝日新聞・ロイター通信によると、アルゼンチンの女性フォルクローレ歌手、メルセデス・ソーサさんが10月4日、多臓器不全のためブエノスアイレスの病院で死去した。74歳だった。家族が声明文を発表して明らかにした。AP通信が伝えたところによると、ソーサさんの遺体は国会議事堂に運ばれ、弔問客と対面した。トゥクマン州に生まれ、1960年代半ばから本格的な音楽活動を開始。歌によって社会の変革を目指す「新しい歌」運動の代表的歌手となった。その歌に対する姿勢は、「声なき大衆の歌声」とも評された。1979年には運動による影響を恐れた当時の独裁政権により身柄を拘束され、夫を拷問で失い、ヨーロッパへの亡命を余儀なくされた。その後、1982年に帰国。「人生よ ありがとう」などのヒット曲で知られている。先月から肝臓や[1]腎臓の病気を患い、病院で集中治療中であった

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