悶え神

「煩悩」と言いますのは、宗教的には絶たなきゃならないものですが、水俣では肯定的に使います。年寄りたちが幼いものたちに情愛をかけることを、「わたしは、あの子に煩悩で、煩悩で」と申します。情愛の表現として、離れがたい、絶つことのできない情愛を肯定的に申します。「あの子たちに煩悩でならんこっで、あの世になかなか行けません」という風に言いますけれども、(水俣病の)患者さんたちとの間にも、こんな煩悩がわいてきました。
岩岡中正「魂の道行きー石牟礼道子から始まる新しい近代」2016年 より。
岩岡さんは石牟礼道子について「ロマン主義から石牟礼道子へ―近代批判と共同性の回復」、「石牟礼道子の世界」の著作があり、俳人として「
石牟礼道子<句・画>集 色のない虹」の解説を執筆している。日本の政治学者、俳人。熊本大学名誉教授。研究テーマは政治思想史、共同性の思想研究。


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