すごい記憶力
野坂昭如「新宿海溝」は若い頃の自伝的小説で、そのなかにこんな文章がある。

まだ平凡パンチのデスクだった後藤明生、澁澤龍彦の妹で、女性週刊誌の記事を書く澁澤佐知子の二人は、酔うと軍歌を唄った。二人とも、おそろしくその歌詞を諳んじていた、「軍歌は、1番や2番だけ唄っても、その神髄にふれたとはいえない、橘大佐なら最後まで、たとえ何時間かかろうとも唄いきらねばならぬ」遼陽城頭夜は闌(た)けてではじまるその歌は、八十何番まであるのだが、両名ともきちんと 唄えるのだ。後藤は父ゆずり澁澤は兄仕込という、サド侯爵の権威とアッツ島玉砕の歌のとりあわせがおもしろかった。八十何番も暗記ができるとはうらやましいが、この歌はタイトルもちょっと違うし、八十何番はサバの読み過ぎだ。この本には大勢の登場人物がいて、その索引もある。50歳頃に書かれた本なので、日記をつける習慣がなければ、こんな細部を細々と紹介する本は書けないだろうな。

この記事へのコメント