霊的規範

ナチス・ドイツがソ連と開戦したときのことだった。ドイツ大使フランツ・フォン・パーペンは、ロンカッリに接近し、教皇がドイツへの支持を明言するよう働きかけを依頼した。このときすでにロンカッリはローマ教皇庁にある影響力を有していた。
今日からすると奇異な依頼にうつるかもしれない。ナチスは、カトリック教会が自分たちを支持する可能性があると考えていた。当時、カトリック教会は十分な対応がdきなかった。共産主義との関係が今日からは想像もできないほどの緊張を強いるものであったなど、さまざまな制約があったとしてもナチス・ドイツの虐殺をはっきりと拒む発言をしてこなかった。しかし、ロンカッリは例外だった。この大使にむかって彼はこう言った「それで私は、あなたの国の人々がドイツやポーランドで虐殺している数百万人のユダヤ人についてはなんと言えばいいのですか」。
これは若松英輔著「霧の彼方 須賀敦子」の一節で、ハンナ・アーレントから引用されている。このロンカッリは後のヨハネ二十三世。この後、次の文章に続いている。
当時のナチスの勢力を考えたとき、この発言がほとんどいのちを賭して行われたものであることは想像に難くない。開かれた霊性を保持し、虐げられる者の隣人であろうとすること、それを須賀は、ヨハネ二十三世という指導者のもとで自らの内なる霊的規範としていった。このことをそのまま実践しようとしたのはコルシア書店での生活だった
須賀さんの本にどうも馴染めないのは、私がこのカトリックの霊的な話に抵抗しているからだろうか。kir.PNG年末年始はこの1冊で終った。

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