わたしは何者?

”自分の親友が何者か(who)と考えるのは、突き詰めれば、親友たちがどんなふうか(how)と考えることではないかと私には思えるーどんなふうに微笑むか、どんなふうに話すか、どんなふうに笑うか、どんなふうに耳を傾けるか、どんなふうに傷つくか、どんなふうに心を分かち合うかなどと考えることだ。それぞれの友人の奥底にある本質は、数え切れないほどの「どんなふうか」からできていて、その「どんなふうか」の集積こそが、「この人は誰か?」という問いに対する答えー申し分のない答えーではないかと、わたしはひそかに思っている。<中略>
わたしには、他人だけではなく自分自身にとってさえ、「どんなふうか」こそが「私」であることのすべてだと思えるからだ。
厄介なのは、「私」が、自分はそれ以上のものだと思い込むのが得意だということだー実のところ、それが「私」という言葉が果たす仕事のすべてなのだ! そして「私」は、そのペテンを継続することに強い関心をもっている(たとえ「私」そのものが犠牲者になったとしても)。”「わたしは不思議の環」より。wataキャプチャ.PNG

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