知るとはいつも、思い出すこと

突然、ある出来事が人生の意味を説き明してくれる、そんな経験は誰にもあるだろう。そのとき、私たちが、「わかった」と過去形でいうのは、ずっと前からすでに、答えが自らの内にあったことにもまた、同時に気がつくからである。知るとはいつも、思い出すことであり、すでに知っていることの自覚にほかならない。
若松英輔「不滅の哲学 池田晶子」より。fum.PNGおすすめです。ネットで池田晶子を調べると、「アルバイトとして雑誌『JJ』の読者モデルを務める。これにより経済的にも自立し、進路を巡って両親との葛藤もあり、在学中に一人暮らしを始めるようになる。卒業後は就職はせず、モデル事務所に籍をおく。このとき『文藝』の校正の仕事をしたのがきっかけとなり文筆活動に専念するようになる[2]。埴谷雄高との交流をきっかけに『最後からひとりめの読者による埴谷雄高論』(1987年、河出書房新社)を上梓。 」とあり、想像していたイメージが崩れてしまった。

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